幸せの栞 (第3回)

「農を楽しむ」 - 有留廣秋さん(鹿児島県伊佐市)
聞き手:鹿児島県、百姓  門田 信一
聞き手:鹿児島県、百姓  門田 信一

「農業は面白い。良いも、悪いも自分次第」。物心ついた頃には、父親の田んぼを手伝っていたので、 もう70年近く米作りと関わってきたという、有留廣秋さん(71歳)。
農業は楽しい、本当にそう思うーという有留さんに、その“農の楽しみ方”を聞いた。


幸せの栞:写真(1)-有留さん宅の畑 幸せの栞:写真(1)-有留さん宅の畑 幸せの栞:写真(1)-有留さん宅の畑

有留さんが育ったのは鹿児島の北海道・伊佐市のそのまた北のはずれ、山の中の開拓部落だった。
日置から入植した父親が40枚、5反(約0.5ha)の田んぼを拓いた。
その父親が早く亡くなり、母親も病気がちだったので、子供の時から米作りを担わざるを得なかった。当時の田んぼは今も変わらず作っている。
地元の農業高校を卒業後、横浜に出たが、母親の介護もあって5年ほどで帰ってきた。

近くの畜産企業ジャパンファームに就職し、勤めながら借りる田んぼを徐々に増やして2町3反(約2.3ha)ほどになった。

ただ普通に作るだけでは面白くない─  平成初め仲間たちと無農薬栽培に取り組んだ。
しかし、田んぼはあっという間にヒエに覆われる。 米ぬか、ペレット、ふとん、いろんな除草法を試したが、ほとんど効果はなかった。
草取りを手伝ってくれていた長男が、夏の日差しをあびて田んぼを這いずり回る姿を見ているうち可哀想になって、10年続けた無農薬栽培をやめた。


幸せの栞:写真(2)-直売所の風景 幸せの栞:写真(2)-直売所の風景

「自分で作った農産物は自分で売りたい」。
会社を60歳で退職した平成19年には、近くの幹線道路沿いに念願だった直売所「田中農産物直売所」を開設した。
それ以来、直売所の棚を充実させるため野菜、麦、そば、レンコンと品目を増やしてきた。作った米の全量はここで売り切る。
周辺に呼びかけて募った出荷者は現在70人。町外から買いに来てくれる固定ファンも着実に増えてきた。

幸せの栞:写真(2)-直売所の風景
いこ餅やちまきなど季節の郷土菓子や惣菜、弁当などは妻の久美子さん(67歳)の担当。

9時の開店に間に合わせるため、毎朝4時に起きるという。
「米から自分で作っていると言うと、お客さんも安心して食べてくれる。だからこそいい加減なものは作れない」。
「会社勤めの頃よりかなり忙しくなったが、その分充実感がある」と、ますます農業を楽しんでいる様子の有留さん。

幸せの栞:写真(3)-有留さんご夫妻 幸せの栞:写真(3)-有留さんご夫妻 幸せの栞:写真(3)-有留さんご夫妻

今後を問うと、「75歳まではこのまま直売所を維持して、その後は女房と旅行を楽しむなどゆっくりしたい」。
そして、一拍おいたあと、「でも自分の性分からしてゆっくりできるかどうか」と、いたずらっぽく日に焼けた顔をほころばせた。